2011/05/29

男女共同参画社会とは何か

以前、京都の鴨川で、釣り人の釣った川魚を狙う鳥と、その瞬間を狙うカメラマンたちと、その全ての光景を一望できるところの私、という記事を書いたな()。…


電車に乗っていると、向かいのシートに、ヴィトンのポーチを携えた部長級以上に見える60~70歳ぐらいのオッさんが、文庫本を読んでいた。小ぎれいにブックカバーを使っていたので、何を読んでいたのかは知らない。

と、電車の扉が開いて、若い女の子が乗ってきて、私の隣に座った。オッさんは、ちらちらとこの若い女の子の乳をチラ見しはじめた。
無理もないといえば無理もない。女の子ははちきれんばかりの若さゆえ、フェミニンだけれど案外ゆさゆさと胸が強調されているデザインの服が、オッさんの目にはいかように映ると、知ってか知らずか。

オッさんは、文庫本を読んでいるふりをしながら、ちらちらと女の子の乳に目をやる。きっとこのオッさんは「若い彼女がいる」などと、援交暦を自慢げに吹聴するタイプだろう、と、セクハラするオッさんの視線を、逆セクハラの視線で、舐めるように眺めて私は楽しんでいた。

ふと、オッさんは私の視線に気づき、文庫本に目を落としはじめた。そしてしばらくすると、また女の子の乳をチラ見しようとするが、同時に、チラ見している己に突き刺さる私の視線を感じ、また文庫本に目を落とす。…それを何度も繰り返す。
最後には、オッさんは女の子の乳を見る前に、まず私を確認しようとする。そして私と目が合う。しかし、私はニヤニヤしながらオッさんの全身をくまなく眺めている。

このオッさんは私に対して「ジロジロと見て失礼なヤツ」とは、決して言えない。
私は今も、このいい歳をしたブサイクなオッさんの似顔絵を描けと言われたら、描けるぐらいに、このオッさんの姿形を脳裏に焼き付けている。


と、この話を家に帰ってダンナにすると、ダンナは思い出したように、満員電車で痴漢にケツを触られたことがあると話しはじめた。触られながら、「オレのケツの感触を冥途の土産に持っていけ」と、毅然としていたそうだ。
私は、「でもそういう時、男の人って“この人痴漢です!”とか叫ばないよね」と私が言うと、ダンナは「男が“この人痴漢です!”と言うのは、何かと弊害があって勇気が要るものなんだ」と。

そういうものなのだろうか。…

男も女も割りに不自由な思いをして生きているのだな。男女共同参画社会の実現は一筋縄ではいかないものである。
しかし一口に男女共同参画社会とは何かというと、究極的には、男女共に満足のいく性生活が実現された社会のことではないかと、私は思う者である。