2011/05/30

初出勤から一週間

今日は結婚記念日だった。
遅くに帰宅すると、ダンナがスーパーで寿司を買ってきてくれていた。
発泡酒でささやかに乾杯し、結婚10周年を祝った。

1927年の今日、東洋モスリン亀戸工場争議で、女工たちは「外出権」を獲得したそうだ。(
かつては女工たちを閉じ込めて労働に従事させていたわけだ。まだ私は、工場の扉の鍵がかかっていないから、逃亡しようと思えばスタコラ何処かに走っていけるとはいえ、87年の歳月を経ても、それでも縫製の仕事は今なお割に合わない。休憩もロクにとれない。

仕事だ、商売だなどと、働いている側からしてみれば、割りに合わない高い買い物をしているに過ぎない。毎日お約束のサビ残で、家のことなんてまったくできやしない。
つまり、生活が成り立たなくなるので、辛抱と根性だけでは、縫製会社で技術を身につけるまでの年数を勤め上げることは、現実的に無理。それが可能な人材といえば、基盤になる家庭が裕福な人か、霞を食って生きてこの仕事に埋没できるような奇特な人ぐらいだろう。

と、そんなこんなで、初出勤から一週間、まだ作業レベルがお話にならない段階の今、「技術が身につくまで勤め上げるのは不可能である」旨を社長にお伝えしておいた。雇用主にも先々の事情がある以上、こういう話を伝えておくのは、早いに越したことはない。

あまり深くは関わっていないが、出稼ぎに来ている中国の子たちも、時折ストライキなどで社長を困らせているようである。ちなみに、技術的には私など、逆立ちしても若い彼女らに到底追いつけない。

「日本製」のタグのついた衣服の実態は、こんなもんか。何が「COOL JAPAN」かと、ヘソが茶を沸かす。

「フェアトレード」は新興国や発展途上国など、上から目線で海外の品のために謳われていたが、この先はどう考えても、日本の製品もフェアトレードしてもらえるようにならないと、ダメだろうと思う。