2011/06/18

霞ヶ関のチンポジウム

とあるNPOのシンポジウムを覗きに行ってきた。
この私に、参加費用に1500円も支払わせて、正直、ジジィのオナニーみたいなシンポジウムだった。

参加費なんてせいぜい500円で充分だろうに、1500円も支払って、目の覚めるような新しい話は無く、どことなく陳腐で、会の終わりに進行役のアナウンサーが「内容の濃い討論」とまとめあげる。…私にしてみれば、歯にものが挟まったような、まわりくどい、それでいて決して本質を決して語らない、「これで一体何を“考える”きっかけになるのだろう」と首を傾げてしまうような内容だったにも関わらず。

高いのはショバ代だろうか。…

仕方がないので、ご立派な肩書きのパネリストたちの腹のうちを読む。きっとハッキリ物申してはいけない何かがあるのだろう、などと妄想で勝手に面白がるよりほかない。
それ以上に、誰でも見ればわかるあたりの表面的な、とおりいっぺんの話を、聞き飽きたフレーズで繰り返すあたり、ふと「権力者の思考はステレオタイプ()」ということを、改めて思い出す。
彼らはきっと、習慣で板についた語り口調の中で、安穏と暮らし過ぎて、そこから抜け出せないのだろう、この先もずっと。

終わりはまだかと、時計が気になって仕方がなかった。
進行役のアナウンサーが「最後に一言」って言ってるんだから、一言にしておけよ、などと。
周りを見渡すと、聴衆の殆どは初老か高齢者だ。その聴衆に合わせた話をしているのだとしたら、とても失礼な話ではないか。それとも、所詮馴れ合いの集いに過ぎぬと、主催側も聴衆も割り切っているのだろうか。

あわよくば、このNPOに年会費を払って参加するか、検討していたが、見送ることにした。