2011/06/26

「お子さんいらっしゃいますか?」


子どもの無い()、私の行き場の無い母性、無条件に溺愛したい欲求のはけ口として、ウサギのミィミィちゃん(←)は立派に役割を果たしている。
このミィミィちゃんの製造元の㈱セキグチは、母性をくすぐる人形のデティールを、うまいこと考えたものだ。女性の乳房の「そそる」流線形もセクシーとはいえ、赤ちゃんの吸い付きたくなる、ふくよかなほっぺの流線形も激しく「そそる」ものがある。神様が計算し尽くして創造した、愛しさを掻き立てる究極の形が、これなのかもしれないと思う。


夜、ダンナは常にヘソを出して寝ている。腹が冷えて下痢をするということが無いのだろうかと、いつも不思議に思う。きっと彼の母も祖母も、幼い頃からヘソを出して寝ているこの少年の姿を見て、ふとんやタオルケットを腹に掛けてやってきたのだろうと、容易に想像がつく。
寝ているダンナを見ていると、ふと、この人の子どもがいたら、この人と同じ様だったろうと妄想する。

私は出産経験が無いが、もしも産むとしたら、少なくともその子の死を願って産むことは無い。生きて、その命を燃やし尽くすまで生きて、よりよい生を全うしてくれることを願うだろう。
と、そんな話をするとダンナは、「考えたら悲しくなるから、まぁ、その話はいいや」と言う。

このダンナのDNAを継ぐ子の顔を見ることが無かったのは残念至極だが、パートの面接に行くと必ず訊かれる。
「お子さんいらっしゃいますか?」
「いや、いません」と答えている瞬間、子どもがいればいいのか、悪いのか、言葉にならない深い複雑な思いの中にはまる。何故なら、「いません」と答えると、大方の職場で大喜びされるからだ。

一体、世の中は子どもを欲しているのかいないのか、何なのか。

とはいえ今のところ、幾つかの求人に応募したものの、折り合いがつかず、採用には至っていない。しかし切羽詰った家計のため、優雅な専業主婦にもなれない。


ダンナと、死んだ時の話をする。ダンナは私よりも先に逝くつもりらしい。
そして、後に残った私のために、家を建てたいと言う。今は契約社員だが、いつか正社員のクチを見つけたいと言う。
現在の職場で正社員への登用の謳い文句を信じて頑張り続けていたダンナも、信じて頑張ってしまったお陰で、いよいよ消耗しはじめている。なぜなら、その謳い文句こそ、人集めのためのガセだったからだ。

それでも、私はダンナが私のために「家を建てたい」と思ってくれた、それだけで正直満足なのだ。この地震大国で家など、建とうと建つまいと、どうでもいい。納得できる日々と、時間を大切にして生きていたい。

そして、もし私が先に逝ったら、ウサギのミィミィちゃんを、土偶のように私と共に埋葬して欲しいと、私はダンナに言った。