2011/07/15

昔に思いを馳せる

図書館で『過ぎし江戸の面影』という本をパラパラと見ていた。
表紙のタイトルの下に「幕末に来日した外国人が驚いた!絶賛した!日本人の心の豊かさと文化の奥深さ」とあった。当時の外国人が撮った日本の風景や人物の写真や、浮世絵、イラストなどで、「素朴で美しい日本の原風景」を伝える試みのカラー便覧のようだった。
当時の日本の性文化の大らかさも、とてもポジティブに解説されていた。
まるで裸族!?日本はかつて「エデンの園」だった
などと。当時は女性の乳も、見られて特にどうということのないものだった様子が伺える。
今の私ならば、誰か他人に乳を見せるならば確実に金を取るだろう。

しかし、古き善き日本などといっても、その風景が再び戻ると思えないのは、今を生きる日本の人が純粋さを失っているからだ。当時の日本の良さげなものだけを誇張して、安易にポジティブに理解するのは、この国が一旦「西洋化」を目ざしてしまった以上、危険だろうと。
そして、かつての人のように純粋であることが、必ずしも良いとは限らない。当時の人はその純粋さゆえに、何の悪気も無く、今ならば悪いと言われるようなことも平気でやっていたし、純粋さゆえの恐ろしい理不尽な出来事も当時あったことだろう。
華やかに美しく見えるものの裏には、単純に考えて、性文化が盛んだったならば、性病も大勢患っただろうし、キヨメの人柱・人身御供や人捨て、人買い、人さらいなんてことも、当時の人は純粋に、それを「自然なこと」として「あるがまま」に受け入れて生きていたのだろうと思われる。

そういった古き善き日本の価値観が息づいているからこそ、日本の外国人研修・実習制度を米国が問題視したりするのだろう。

世界の人身売買の実態をまとめた年次報告書「2011 Trafficking in Persons Report」で、わが国の外国人研修・実習制度について「保証金による身柄拘束や行動制限、未払い賃金など、人身売買の要素がある」との指摘がなされたという…云々。

「日本政府は、外国人研修・実習制度について公的には、強制労働の存在を認めていない。しかし、マスコミやNGOは、借金による束縛、移動の制限、賃金や残業代の未払い、詐称行為、本来とは異なる雇用主への派遣など、人身売買の状況に匹敵する数々の要素をはらんでいることを明らかにしている。研修生の大半は中国人でブローカーに1400ドル以上の手数料を支払うとともに、4000ドル以上の保証金を強要されて制度を利用する申請を行う。2010年末に中国人研修生を対象に実施されたNGOの調査では、研修・実習を途中で放棄したり、不当な取り扱いを告発した場合に、保証金がブローカーによって差し押さえられてしまうケースも報告されている。また、パスポートや法的文書が取り上げられてしまっている例や、脱出や相互のコミュニケーションをさせないよう移動が厳しく管理されている例もある」…云々。

貧しい親の子が当然のように売り買いされた時代が日本にもあって、しかしそうして子が売られたとしても、元々子どもは、生れてくる親を選ぶことはできない。そして売られる先の養父母となる奉公先すら、子どもには選べない。だから育つ環境に中りハズレはあるだろうが、おかれた状況の中で根性を見せ、たくましく生きようとする子には、奉公先でもそれ相応の扱いをした例もたくさんある。今は辛抱して、うんと稼げるようになって、親に仕送りをして、故郷に錦を飾る。云々。…

などと、昨今の日本の人身売買に関しても、こういった古式に倣った、何ら悪びれることのない言い逃れの口実があるものと思われる。そしてそれがどう悪いことなのかという自覚も、おそらく無い。

※関連過去記事
 闇の深さに眩暈③(2009年1月13日)
 『近代下層民衆生活誌Ⅰ貧民街』~賣笑婦の研究(2010年11月26日)
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