2011/09/26

労働着を眺めて軽く共産趣味に浸る

シンプルで衛生的で合目的的で、勤労生活様式にふさわしいものであること。と同時に、新鮮で鮮やかな装飾性、これこそが人間の外見を良好にするためのわれわれソビエトの基本的なスローガンである。これこそがわれわれを、巨大な技術的進歩にもかかわらずブルジョア文化によって生み出される不健全なファッションを貪る他のヨーロッパ地域と隔絶させるものである。(構成主義アートの旗手Y・トゥゲンドホリドの1923年言葉)

そんなわけで。
先頃の台風の教訓から、今後の雨の日のために、今よりグレードの高い合羽を求めに、ワークマンに行った。

私は、女にしては大きな足に足袋ソックスを愛用している()ことと、実用性重視でモノを選ぶ性質で、ワークマンはけっこう好きだったりする。ワークマンに行くと、大きなショッピングモールなどでどれだけ探しても見つからない、大足向け足袋ソックスなどてんこ盛りで、選びたい放題だ。
ワークマンのレジ横に置いてあるカタログの、吉幾三以外のモデルが、何というか、どことなくVシネかAV男優ぽくて、これは一体何者なんだろう、とか思いつつ、実用性に富む商品群と併せて、けっこう楽しんだりしている。

溶接工の使う手甲とか、好きだ。忍者ぽくもあり、アイヌの民族衣装ぽくもあり、シブい、と思っている。
本音を言うと、地下足袋に憧れている。地下足袋を普段履きにしたい。地下足袋や足袋靴と同じ仕様の靴底の靴は、案外普通の靴屋を探しても見つかりにくい。でも、地下足袋は単にファッション性だけで履くものではないと、自重して、ワークマンに行って眺めるだけである。
手甲も地下足袋も、実用性の富む労働着でありつつも、根底はフォークロアなスタイルだと思う。

ワークマンは、基本的にレディース商品が品薄なのだ。
「労働者のための衣服」。かつてソビエトでは、下着までも禁欲的なユニセックスのものが幅を利かせていたそうな。
そんなことを何気に思い出しつつ。

今、米原万里()の『パンツの面目ふんどしの沽券』というエッセイを読んでいる。
米原万里といえば、共産党議員の父の赴任先のプラハでソビエト学校に通ったという、ロシア語通訳兼作家。
冒頭の引用は、その中の一文。