2011/09/30

『パンツの面目ふんどしの沽券』



『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』()の米原万里だが、一日に7冊本を読んでいたという超人だけに、この『パンツの面目ふんどしの沽券』を書くのに厖大な文献や資料を貪ったことが、巻末にうかがえる。
日本のふんどしに関する深い考察もいいけれど、しかしやはり、ソビエト学校時代の体験談や、ロシア語の文献からの引用などが、他の追随を許さない、類稀なエッセイ集だと思う。

ソ連の女子は最初の家庭科の授業でパンツの縫製をするので、たしなみとしてパンツが作れると、丁寧にパンツの製図も掲載されている。そして、シベリアに抑留された日本人が目撃した「ソ連人は便所で用を足した後尻を拭かない」、チェコ製のふんどしのような幻の生理用品の話…。
この、チェコの幻の生理用品は秀逸な品らしく、社会主義体制下のプラハでは売られていたものが、1990年以降、資本主義に倣えで無くなってしまったと。これも著者が図を描いて、どんなものだったかを説明しているので、なるほど、と感嘆してしまうシロモノだったことが伺える。

それでも、このふんどしかパンツかという考察は奥の深い世界で、著者自身も制覇しきれず、あとがきで悔しがっている。

中でも、私にとって興味深かった項目の一つに、文化人類学者の考察 世界各地の人々の文化は、生理の血をどう受け止めるかによって、三系統に分類される…云々。 というあたり。以下、その三系統の分類が、

  • 血は血であるので、かなり畏れ忌む文化


  • 畏れないまでも、気にする文化


  • 周期的なものなので、傷口からの血とは区別し、比較的気にとめない文化


  • で、昔の日本ははじめの「かなり恐れ忌む文化」に属したと分析したところが、看護学の専門家が古事記を紐解いて、逆の分析をしている。
    それによると、大昔の日本は、三つ目の「比較的気にとめない文化」だったようで、仏教的世界観の流入によって「かなり畏れ忌む文化」の仲間入りをしたのでは、とのこと。