2011/10/22

ふらふらしたのではなく、ふらふらなのである。

ヨコハマ、たそがれ…。

首筋にしこりができて痛い。多分風邪のウイルスだろう、と思いつつ、休みをとって横浜のシルク博物館に出掛けて、帰ってきたところ、いよいよ熱が上がりはじめている。
小洒落たカフェーに入って、ナチュラルテイストな写真を撮ってみたが、その時は頭痛で朦朧としていた。
季節の変わり目、どなたさまも、くれぐれもご自愛なさいますよう。

そんなわけで。
もう二十年近く前に、私が初めて就職したのは、先物商品関連の会社だった。
若くて世間知らずで右も左もわからない(今でも、東西南北はわかるが、右と左がとっさにわからない方向オンチではあるが)時分、先物商品取引の建玉をひたすら入力するという仕事をしていた。
仕事といいつつ、当時は自分が何をしているのかもロクにわかっていなかったので、今ならもうちょっと楽しめただろうと思うと、とても残念だ。
あの頃、相場師ががなりたてていた横浜商品取引所が、今のシルク博物館だとか。

博物館の土産物が、何気にオバはんテイストで、いまいちしっくり来んな、などと思いつつ。見渡すと、来訪者も高齢者が多い。



こうして見ると、資源の無い国であるはずの日本が、原材料の輸出をしていた時代があったもんだと。…その裏で色々あっただろうことは、想像に難くないわけではあるが()。
あの『サンダカン八番娼館』()のおサキさんが、淡い恋心を抱いた青年も、信州で養蚕業を営んでいたところが、冷害で桑の葉がやられて「お蚕さん」が全滅したから…云々、ということで、ボルネオ島に人夫として売られてきたのだったか、ウロ覚えだが。


そして、シルク博物館の向かいの横浜開港資料館にも、ついでに寄ってきた。
TPPが云々されている今日この頃に、奇遇といえば奇遇。「五カ国条約」と書かれた、不平等条約の当時の文書が展示されていた。

横浜開港資料館で売られていた絵葉書。
日本の「おもてなしの心」(笑)。

不平等条約の井伊直弼やひこにゃんが人気を集めたり崇められたりする日本だから、反対の抵抗も空しく、TPPにも参加しちゃうんだろう。
TPPで協定結んだ人は「桜田門外の変」ぽく暗殺されるとかな。その時はどこの「変」だかな。もっとも、現代の日本で「変」するほど元気な人って、いるんだか。
「安政の大獄」の二の舞みたいなことがあると予想もすれば、知らぬ存ぜぬで、何も知ろうとはしない向きも、そりゃ多かろう。

サルでもわかるTPP

あゝ、頭が割れ鐘のように痛いわ。