2011/11/16

なかなか思うようには

去る11月11日、11時11分激写のつもりが、一秒敗れた。
近頃、私はダンナに「節子」と呼ばれている。
前髪が、今『火垂るの墓』の節子のようになっているからである。
「節子」と呼ばれて、一応「にいちゃん」とか「ほたる、な゛んでしんでしま゛うの゛ん」などと返している。

散髪はバリカンで自分でするようになって、彼これ三年ほどになる。

ところで、年末年始にネットショップでセールをしようと思っているのだが、日々に追われて、準備に手間取っている現状である。ミシンを動かせる時間も限られており、一日在宅が可能な専業主婦というのが、本当に良い身分で羨ましい。

そんな元々専業主婦だった方の生活支援に出向き、ホコリひとつ無い状態、雑巾は顔が拭けるぐらいキレイにしておくなどと、それが当然で、それをやらないのは人間ではないような口調で、無邪気にエラそうに諭されたりするのだが、もちろん、「アンタは専業主婦で一日家にいるのが仕事。アンタのような人以外はそんなにも見下げ果てた人間か」と、問い詰めたりはしないが、何分にも、年寄りでも「スイーツ脳」との付き合いは性に合わないなと、常々自覚している。

そうして今日は、セールのふんどしの材料を調達に、骨董市に出かけた。

店舗を構えた呉服屋の反物よりも、商品の知識に詳しい骨董屋の扱う古布から正絹を選り抜いて使う方がいい。色々と教えてもらえる上、アンティーク柄が豊富で、顔を覚えておいてもらうと、次の市でも良品をサービスしてくれる。
この度は、西陣織と紬の反物をサービスしてもらった。
サービスしてもらったはいいが、良品過ぎて、たかがふんどしのために裁断するのが惜しい気がしてくる。

この度調達した素材を使って、早くミシンを動かしたいが、またしばらく日銭のために汗を流しに行かなければならず。

ネットショップもいずれ、英語サイトなんかも作ろうと画策しているものの、どうなんだろう。
折角作ったとしても、生粋の日本製のふんどしなぞ、放射能汚染がどうので、海外に買ってもらえないだろう。
買ってもらえなくても、他所の国の人が見て楽しいサイトでも作れたらいいが、それすら限りある時間、今のところなかなか思うようには。