2011/11/21

メメント・モリ

今私の隣では、仕事から帰ってきたダンナが、画像掲示板でエロ画像を立ち上げて、マウスを握ったまま、高イビキで居眠りをしている。しかも片手はチソコを触っている。
思わずシベリア抑留()の若年兵が夕食を食べていて、

それまで匙を動かしていた若者が、突然動かなくなった。匙を握ったまま死んでいたのだ。精魂尽き果てたのでしょうか。…

というくだりがあったのを思い出すが、しかしもしも、うちに息子がいたら、そんな器用な父の背中をみて、仕事をして帰ってきたカッコいい大人の姿と、心密かに憧れたりするのかもしれない。

それはさて。

やはりしばしば、死を想う。我が家の家系で、死に直面したのは、幸いなことに大往生ばかりだった。
一昨年父も余命を告げられて半年後に他界した()が、危篤に陥る直前まで、自分でトイレまで歩いて用を足しに行っていた。そうして危篤から一晩で旅立ったが、まぁ大往生の部類だろう。
祖母にいたっては、殆ど苦しむことなく、文字通りのPPK(ピンピンコロリ)だった。

憂き世に多くの望みを抱いて生きるのが、鬱陶しい。
それというのも、企業が、国家が、自国の住人に対してジェノサイドを行うからだ。
国民の声が大きくならないように、この社会のシステムは上手に仕組まれている。
何も知らずに日常に埋没できるような、平和なシステムが、この国を蝕んでいる。

 これだけの大事故を目の前にしているのに、事態の深刻さがあまり理解されていないように思う。実に不思議なことだ。


 「死の街」という言葉は、苦しんでいる人の気持ちを逆なでする言葉で不適切とは思うが、でも人間にとっては立ち入れない場所ができた。それは知ってほしい。為政者はいまだにそれを言わない。東京電力のロードマップが予定通りいけば、あたかも帰れるかのような幻想をふりまいている。

 そんなことはあり得ない。それを早く住民に知らせて、避難所に暮らし、いつか生まれ故郷に戻りたいと思っている状態から解き放たなければ、次の生活が成り立たない。何百年という単位で、人が立ち入れない状態は続く。…(小出助教)

と、『現代用語の基礎知識 2012年版』の巻頭特集より。
他、掲載されている「放射能を“正しく怖がる”ための 科学の教室」という記事は、セシウムの話ばかりでストロンチウムについては触れず、本当に正しく怖がれるのか、基礎知識なのかクソ知識なのか、眉唾。

 私たちは、危機の上に危機が起きた事態に、正面から冷静に向き合う必要がある。そのうえで、国民すべてが情報を共有して、知恵を出し合い、日本の今後についてのしっかりした世論を形成していくべき…、云々。(松原聡・東洋大学教授)

国民すべてが情報を共有 って、甘い。寝言は寝て言えと思う。(

整骨院に行き、低周波治療器をあてていると、隣で同じように低周波治療器をあてているオバァが、熱心に『女性自身』を読み耽って、「たまに字読まないと、ボケちゃうからw」「私、気管支炎になっちゃって、天皇陛下と同じwww」「雅子さま、出てこないわねぇ」…。
この整骨院もアホな雑誌を置かずに、せめて『通販生活』とか置いとけよ、と絶望的な気持ちになる。

あゝ、憂き世の金の仕組みの故に、仕方なしに働いて日銭を得るだけで、明らかに私は、金のためには生きてはいない。
ダンナに出会ったお陰で幸せになれた。それが私の人生のすべてだろう。
ふと寝転がって、目の前にダンナのケツがある幸せを、深くしみじみと噛み締める。いつ顔面に放屁されるかわからん、このスリルが醍醐味の幸せである。

このケツが、ある日突然、日常から消え去る、その心の準備。