2011/12/19

『白いリボン』

「自分が相手のことを好きなら、相手も自分のことを気に入っている」
と言われて、私はよくギクッとする。…私、どれだけ嫌われ者なんだ、などと。

だから私は、よく言われるそのようなことは気にしない。相手を好きでも嫌いでもない状態で、好き好きは相手の裁量次第だと、そう思っていればムダに気落ちすることも無くなる。

凄く根本的なことながら、私は親のことが嫌いだったので、親も私のことが嫌いだったのだろうと、今更ながら思う。

親は「子は親に感謝をするのが当然」だと、しつこく私に言い聞かせたものだが、なぜ生れてきたのか、長い間疑問だった私が、親に感謝しなければならない理由も、長い間よくわからなかった。
子どもの頃は、子ども以上に「純粋な」大人たちを畏れていたものだ。

とはいえ、あんな親でも感謝に足りる存在だと思えるようになったのは、ごく最近で、しかも運良くダンナに出会うことができたから、ようやくそういう風に辻褄が合ったのだと思う。

今私が幸せなのはダンナのお陰で、そんなダンナを産み育てたダンナのお母さんは、本当に凄い人だと思う。
そして、私自身が存在しなければ、ダンナに出会えなかったことを思うと、今ようやく「親に感謝」できる、というわけだ。
時間をかけて、案外私の人生は丸くおさまってきた。

そんなことを何気に思いつつ、タラタラと観ていた「ドイツ版 八つ墓村」みたいな映画、『白いリボン』。昔、サラエボ事件の頃、第一次世界大戦前夜のドイツの「ムラ」の人間の嫌ーなドラマ。

白は純潔の色だからと、少年の自涜を防ぐために、白いリボンで両手をベッドに縛り付けておくとか、実は変態のムラ医者が自分の娘に割礼を施しているんだろう、そのあたり、知らない人には何が何だかワケがわからないように、物語が進む。

色付きが観たかったのに、私はなぜ、立て続けに白黒の映画を借りてしまったのか。