2012/03/13

持病の癪(しゃく)が

生まれ出でた理由を、

「祖先から受けた魂を繋ぐ役割があるから」

と言われて、ピンとくる人と、こない人がある。
私は上のこの言葉を、ハッサン・バイエフ医師から聞いた。(
「信仰」とは何かと訊ねて、彼から返ってきたのが、この言葉だった。

彼から出たこの言葉で、生まれ出でた理由、生きる・生かされる意味、いのちの役割、性的な事柄の真の意味、諸々が私の中で一筋に繋がった。
ただ重力に逆らい、ただ生きるだけの衝動を「人間」にする原則。
これを理解できることこそが、真っ当な理性だと、私は思った。

と、この筋に沿って考えると、夢のエネルギー・原子力を推進・奨励する者どもに、真っ当な理性が無いということがわかる。

要するにキチガイ、そしていわば、真っ当な理性を持たないことが、連中の強みだということ。
真っ当な理性を持たない者どもに、理性に訴えかけるような手段を用いても、狂気を正当化するだけだから、マトモに相手にしてはならない。

例えば連中の「祖先から受けた魂を繋ぐ役割」の理解とは、自分の家系のみのことか、そうでなければ連中が「優秀な」と認める遺伝子だけのことで、それらのためのその他大勢は人柱であり、礎だと言うだろう。
連中は、人が大勢死んだり、苦しんだりするのが好きなのだ。恐らく、「自分はあんな風じゃなくてよかった」という比較が、連中の幸せなのだ。

これが、戦争と大量殺戮を生むキチガイの理性のレベルで、連中はこれをこそ「真実」と呼ぶだろう。
そして連中の「真実」には、「平和」が無く、それを「欺瞞」にすり替えるのである。まるで、「処女」を「肉便器」と呼ぶように。

連中の「世界」には処女などおらず、ただ肉便器が「ある」だけなのだ。
その世界を「真実だ」と信じる者にとっては、その世界が全てになるだろう。
だから永遠に処女を抱くことも無い、それは連中の一種の不遇でもある。

その不遇者どもが、人柱となる大勢の人々の無知や恐怖につけ入ることで、力をつける。
多くの人々が金を欲しがるうちは、こういった連中のつけ入る隙だらけなので、当分の間、言葉巧みなキチガイによる支配は、この世界から止むことはない。

つまり、人間が大勢金を欲しがり、それに振り回されているうちは、この世界の真っ当な理性に、あのキチガイを制する方法など無い。

もう一度繰り返そう。

人間が金を欲しがっているうちは、この世界の真っ当な理性に、あのキチガイを制する方法など無い。


神が完全に欠落したものとしての世界は神そのものである。

善とまったく異なるものとしての必然は善そのものである。

それゆえ不幸におけるあらゆる慰めは愛と真理を遠ざける。

これぞ神秘のなかの神秘である。この神秘にふれるなら安心してよい。

(シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』より)


それが理解ったところで。
これからも原発のことは事故後のケツ拭きまで、夢のエネルギー原子力を推進奨励する、夢見心地のかの連中におまかせするとしよう。(

一年前はこの国がブサイクドM女に見えた。(
あれから一年経って、認知症の爺に見えてきた。来年は何に見えるだろう。

よくよく考え直すと私の場合、一貫して「反」ではなくて、「嫌原発」だったのな。ムーブメントの色んなもんが癪(しゃく)に障るわけだ。

爪に灯を点すような慎ましい貧乏暮らしとはいえ、ちょっと性根が上品過ぎる私の場合、野蛮なキチガイはどうにも受けつけない。まぁ、連中の方では貧乏臭いのを受けつけないと思われるので、お互いに相容れないのが幸いなのだが、何がよくないといって、持病の癪(しゃく)に障りがあるのが、身心にいちばんよろしくない。

どちら様も、癪(しゃく)には充分お気をつけあそばせ。