2012/03/28

「母親」の辛抱

「オレのおふくろが一番エラい」

それがわかる息子が育っただけでも、このお母さんは人生の成功者だと思う。
辛抱することだけが最善の選択肢だった母の姿を見て育って、母の存在が全ての隙間を埋めていたと気づくことができる、この息子もエラい。

「ボランティア」の言葉が飛び交う昨今、かつて労働に換算されない部分の殆どを、かつての時代「母親」が担っていたのだと知る。「母親」の辛抱が無ければ、場が場として成立しなかった、ところが、今見渡しても、そんな「母親」を見かけることはない。

「オレのおふくろが一番エラい」と言える息子が世代が下がるほどに少なくなるわけだ。

「母親」は辛抱から解放された。それはよかった。そのために、母親がさほど偉いものではなくなり、子が手習いする善き師も失われた。

「泥臭さ」が忌避される今の時代、いのちが何かを知る機会なく、ファッションで、体裁のために、アサハカに子どもを欲しがり、いざとなれば親である自分の楯として子どもを使う、そんなことは今の時代に限ったことではないのかもしれないが、それにしても、何だかな。

世々を経ても、おそらく「母親」の全てが「エラかった」ということは無いにしても、「母親」やってる自分に酔うだけの母親たちが、私の目にも余る。
彼奴ら、腐ってる。