2012/04/25

幸せに気づく不幸自慢

「親は絶対にあなたを想っている」「無条件で愛せるのは親だけ」などと盲信して説教を垂れることができる、素晴らしい親に恵まれた幸せな人々の地平線上には、きっと私はいない。

私は生家と縁が切れている。(
時折、父母きょうだいを思い出して懐かしんだり、後悔しているのではないかと、事情を知る人から言われることがあるが、全く気遣い無用だというのが、実際のところ。

この私の呆気なさの理由は、私が生家で「愛されていなかった」からだろう。
それがために、まだ未熟な若い時分は、地を這うように苦しかったこともあるけれど、今思えば、愛されなかったことが不幸中の幸いだった。

偶々、込み入った家庭事情の知人と、あれこれ不幸自慢をしていて、気づいた。
親の愛のしがらみに取り込まれて、数々の修羅場を演じてきた彼女、曰く、

「血は水よりも濃いなんていっても、嫌悪感や憎しみだけなら、すぐ縁が切れるわ。あなたは、愛されなかったから助かったのよ」

と。
暴力を振るわれながら、中途半端に溺愛して絡みつくDVを例にとると、わかりやすい。

愛されるって、何て大変なんだ。私は、私を愛さなかった親に、心底感謝せざるを得ない。
正直、親に棄てられた超老人()が、「親なんて関係ねぇ」と言っているのを聞いた時も、胸のすく思いがしたものだ。

しかし、私の親は、私を愛さなかったというより、私を愛そうと努めて失敗した、というのが正しいかもしれない。元より、親自身が「愛」なんて知らなかったのだから、致し方がない。
もしも今の時代なら、幼い日の私は、発達障害などと診断されていたのかもしれない。
何というか、「私」そのものが、まるごと家庭の中で受け入れられていなかった、とでもいうか、昔から親は、私でないものに向かって、情け容赦無く要求を繰り返すようなところがあった。
親の要求は、私に対してしても仕方のないことばかりで、それに対して私が何かを言えば、トンチンカンだと決めつけて、親は私を相手にしない。親がそうするので、きょうだいも私に対してはそうする。

よく言われる言い方をすれば、生家で私には「居場所が無かった」。
言い換えれば、生家の家族の誰もが、「私」に出会っていない。「居場所が無かった」のだから存在しようがない。まるで幽霊。

そうして、親自身が、私に対してあれこれ要求したところで、効果が無いと気づいた頃には、家庭内で私は、半ばネグレクトのような状態になっていた。

高校卒業後は、何度も家出をした。
家出といっても、私の場合は「非行少年・少女」のような、後先を考えずに知人宅に転がり込む、アッパー系の家出ではなくて、住み込みの仕事を見つけて、折り目正しく出戻りを繰り返す、人様に迷惑を掛けまいと努める、ダウナー系の家出だった。その点、私を愛せなかった親の厳しい躾は成功したのかもしれない。
そうして、ダンナに出会ったことで、ようやく初めて本格的に家出に成功した。

私はちょっとずつ、家庭で得られなかった「愛」を、色んなところで色んな人に恵まれることで、どうにか体を保つことができたと、振り返ってみて思う。

しかし、そういった「愛」ですら、それを受ける環境などの条件が整っていなければ、恵まれることは無かっただろう。
その意味では、中身は無くても体面だけ、家庭の体を整えてはくれたことも、生家の親に感謝できる。

まぁ、咽もと過ぎれば何とやら、というやつで。