2012/05/27

思い出のタカラヅカ

以前、「コーちゃん」()の話をしていて、利用者と異様に盛り上がったのだが、寝たきりの老婆をときめきの乙女に甦らせてしまう、タカラヅカとは一体、何ぞや。

と、心に引っ掛かったこともあって、『宝塚ファンの社会学―スターは劇場の外で作られる』を読んだ。

私が瀕死で通った高校は、宝塚にあった。(
高校時代、阪急宝塚駅から花の道を通って、宝塚南口駅まで、日和のよい日はふらふらと歩いた。時には、学校に行きたくない牛歩戦術のように、またある時は下校時の開放感に満ち足りて。
そして時には劇場前で「出待ち」に遭遇することもあった。

先輩や同級生には、音楽学校の難関を突破してジェンヌになった人も数名いたし、そういえば中学時代にも、「ヅカの付き人をやっている」とかで、よく学校をフケる同級生がいたな…、と思い出しつつ、読んでみて。

なに、これ?
さすがに私も、「こんなに、だったのか…」と寝耳に水。
タカラヅカという「文化」が、いかようにして支えられていたのか、今までそれほど目を凝らしたことが無かったので、込み入った細部に仰天。

そこにあるのは、熱心なファンがスターに近づこうとして、あるいはスターの役に立とうとして、個人的に盲目的に入れ込んでいる姿ではない。その社会内の空気を読みながら、ファンクラブとしてどのように良好なポジションを維持できるかという目標に従って、合理的に行動する人々の姿である。…

歌劇とは、ただ観劇するためだけのものではなかったのか。しかもファンクラブが生徒個々に存在するため、劇団四季の「四季の会」より、タカラヅカの方がもっと微細な構造になっているようだ。
あの独特の世界のムード作りに、ファンクラブの存在と、その連携こそが欠かせないという実態。それはもう、一般の価値観が転倒したワンダーランド、いや、日本的な社会そのものの縮図。こういった人間のシステムの構造を知ると、私などは眩暈がする。

それでも、「あの日にかえりたい」と、桜並木に胸をときめかせ、憧れのスターを一目見んとしていたかつての乙女が、思い出し、感極まって涙する、タカラヅカなのである。