2012/08/08

再び治安維持法の時代を想定して


“ディスクロージャーが行なわれてアセンションで地球規模で次元が上昇する” から、UFOが現れるらしいと聞いて、近所の花火大会に行ってきました。
撮影したのはUFOでも、次元上昇による何らかの環境変化でもなく、花火である。
花火職人は、生け花やフラワーアレンジメントなんかもきちんと勉強して、計算して花火を打ち上げていると思う。


というわけで、暦の上では、もう秋です。

訪問に行くと、利用者の多くが寝不足を訴える。
夜中にオリンピックをご覧になるからである。
こちらとしては、それが非常に迷惑である。
ほんのちょっとのことで体調が悪いだ、やれ便秘だ、あそこが痛いだ、なんだかんだとぶーたら仰る。
オリンピックの選手は大勢の年寄りから応援してもらえるが、私など、頑張っても応援などしてもらえないのである。
私は、自分で自分を慰めねばならない。自慰である。

私など、雇用保険も退職金も無い雇用形態で、日中の炎天下、自転車を漕いで、各家々を回って、熱中症対策も自己責任で行なっている。しかも、自転車での移動費に、賃金は発生しないし、パンクしても自腹で修理せねばならない。
そうして回った家々の利用者に、熱中症対策のため、水分補給のうながしをしなければならないのである。
私は他人のために、ここまでしてあげているのに、みなさま、自己管理もご自分でなさらないのである。
不毛なことをしていると、ふと我に返らないように、私はあまり他人のことは考えないように務めている。

まぁ、私は死んでも、利用者は長生きするだろう。
しかし、オリンピックはいつになったら終わるんだろう。終わるのが待ち遠しい。

そうして、テレビや新聞がオリンピックを使って、人心を鷲掴みにしている間に、マニフェストには謳われていないことどもが、国会で参議院を通過したりしているようだ。

これも知ろうとする人にしか知られない情報で、この情報にアクセスできた人だけが衝撃を受けて声を上げるだろうが、その声が大きくなるには、ちょっと時間が足りないかもしれない。
今夢中になっていることに、心の全てを奪われて、「見ざる、言わざる、聞かざる」、といった人々につけ入ることで成り立っている、ここは残念な国。

あの独裁者気取りの不気味な首相が、野党が衆院に共同提出した内閣不信任決議案に「粛々と否決するということです」と言ったというニュースを今朝見て、いやもうホント、マニフェストに謳わなかったことをやるとか、謳ったことをやらないトップなどは、その時点でクビにするのが常道だと思うのだが、私は、この国の人々の多くがウソに馴染んで、何も感じなくなってしまっているのかな、と感じる。

…占領期以降、日本社会のなかに「自主派」の首相を引きずりおろし、「対米追随派」にすげかえるためのシステムが埋め込まれているということです。ひとつは検察です。次に報道です。…
しかし都合の悪い首相を排除したあと、その次の首相を米国が自由に決められるかといえば、そうはいかないのが歴史のおもしろいところです。やはり一国の指導者になるには、その人物の人間性や力量も必要ですし、なによりその指導者を支える社会的背景や勢力が必要です。そうしたさまざまな条件を総合的にコントロールすることは、不確定要素が多いので非常に困難なのです。これは日本以外の国も同じで、…
ではそうした国際政治の現実のなかで、日本はどう生きていけばよいのか。
石橋湛山の言葉に大きなヒントがあります。終戦直後、ふくれあがるGHQの駐留経費を削減しようとした石橋大蔵大臣は、すぐに公職追放されてしまいます。そのとき彼はこういっているのです。
「あとにつづいて出てくる大蔵大臣が、おれと同じような態度をとることだな。そうするとまた追放になるかもしれないが、まあ、それを二、三年つづければ、GHQ当局もいつかは反省するだろう」
…米国は本気になればいつでも日本の政権をつぶすことができます。しかしその次に成立するのも、基本的には日本の民意を反映した政権です。ですからその次の政権と首相が、そこであきらめたり、おじけづいたり、みずからの権力欲や功名心を優先させたりせず、またがんばればいいのです。自分を選んでくれた国民のために。
それを現実に実行したのが、カナダの首相でした。…(『戦後史の正体』より)

私はこの、民意を得た政権を何度でも何度でも、切っても切っても金太郎飴みたいに交代させていく案に賛成。
そんなことだと国内経済が安定しないとか、腑抜けなことを。国内のシステムは自動で勝手にまわっているじゃないか。脳内お花畑でランランルー♪な人々が、まだまだうじゃうじゃいるじゃあないか。

出来合いのものを欲しがるのではなく、良いところを見習いつつ、クリエイトしていかねばというのは、恐らく、あらゆることがそうなのだと思う。入れ食い状態で満足できるような、心の貧しいことでは、明るい未来など手に入れられようはずもない。しかしこの国は、多くが本当の豊かさを知らない、心底貧しい国に成り下がったか、成り下がりつつあるのかというふうにも見える。

そうして私は眠る前に、ロシヤの偉大なる詩人・プーシキンの詩集を紐解いて、ACTAの影響で将来再び治安維持法の時代が到来したなら、私はプーシキンを見習うのだなどと息巻いて、興奮して、なかなか寝付けなかったりする。
プーシキンというのは凄いのである。詩を辿っていくと、自分の性根の腐り具合が痛いほどに分かってくる。
プーシキン以後のロシヤの文学者は、皆彼の仕事を引き継いで発展させたというくらい。
プーシキンは「反骨精神」というよりも、「自由な魂」に対して正直だったから、偉大なのだろう。

※関連過去記事
『戦後史の正体』を買いに
『戦後史の正体』は日本の「戦史」であり「悲劇」であり
『戦後史の正体』を読んで反省したこと
沖縄が複雑怪奇だったもんで
『戦後史の正体』とあのへんの時代の前の時代
オリンピック期間中の「ひとり祭り」